ある風景

これは、丞相であった諸葛亮死後の物語。ある風景の一コマである。

姜維「費将軍、我に大軍をお与え下さい。さすれば、魏を葬って差し上げましょう」

禕「伯約殿、あたなは丞相と比べて、己の能力は、どのように考えてますか」

姜維「丞相と比べると、我の力は及ばない」

費禕「その丞相でさえ、中原の地を平定しえなかったのですよ。まして我々に至っては問題になりません」

姜維「確かに、丞相より能力はお呼びませんが、兵力があれば、今、各地に分散さてている兵力を集中すれば、丞相が率いていた兵力より、大軍を動かせます。それを使えば中原を平定できます」

費禕「今は、その時ではありません。まず国家を保ち民を治め、謹んで社稷を守るのです。」

姜維「守っているだけでは、何も変わりません。力を示すのです。」

費禕「それは、能力がある者の出現を待ちましょう。」

姜維「いや、それでは遅すぎます。一戦で勝利を掴むのです。」

費禕「僥倖をたのんで、勝敗を決しようと考えてはなりません。もし思い通りにいかなかった場合、後悔しても間に合わないですよ。」

姜維「(費禕、文偉よ。何故、北伐を制限するのか。これは丞相と先主の思いであろうぞ)」

費禕「(姜維は理解してない。あの丞相でも出来なかった事を、我々凡人が出来るわけないであろう。今は、この漢(蜀漢)を守り抜く事が重要なのに)」

姜維「わかり申した。しかし、費将軍よ。守ってばかりでは、漢(蜀漢)は滅びますぞ」

費禕「そうならないよに、我々がいるのです」

姜維「(費禕がいては、我の力を発揮出来ない。ここは邪道だが、そう言えば魏の降将であった左将軍・郭循がいたな。それを上手く動かせば。ククク)」

延熙16年 費禕 魏の降伏者であった左将軍・郭循に刺殺される。


費禕の死後、姜維は軍勢を好きなように動かせるようになったという。

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